遊ぶ鳥に

尋ねる行方

 

 

主の本体である大樹。その大降りな枝の一つに人型を取った半身で腰掛けるように衣の裾から長く伸びる蛇体を寄せていた白緑は、葉擦れに飛び込んだあえかな羽ばたきを耳に捉え伏せていた眼瞼をゆるりと持ち上げた。

深緑が触れ重なりあって織りなす、風にそよぐ天蓋の間を忙しなく飛び回っては羽根を休める小さな来訪者。それに、己が頭上にて退屈そうにしている樹妖を呼ぶ。

「ご覧、露草。鶸がいるよ」

奇妙な言いぐさで身内のような存在の名を聞きつけ、寄りかかっていた幹から体を起こした露草は白緑の氷蒼の色をした頭髪を見下ろす。その波打つ髪の間から覗く高い鼻梁が向けられた先を、鳥妖の気配も何もしないのを怪しみつつ視線で辿った少年は鼻白んだ。

「鳥じゃねぇか」

珍しくも何ともない、ただの小鳥に退屈はまぎれなさそうだと嘆息する樹妖が元の体勢に戻ろうとしたのを遮るように、白緑は静かに、だが頑強に繰り返す。

「鶸だよ」

あまりに腑抜けているのでからかわれたのかと思いすらした露草が怪訝を浮かべ、身軽く立ち上がって己のいる枝まで飛び降りてきたのに笑いかけ、白緑はすいとその黄緑色の生き物へ招くようにして指先を伸ばす。向けられた大妖の関心に、さえだに停まり羽根繕いをしていた小鳥は首を傾げ、数瞬の躊躇いの後に誘われるまま翼を広げると恐る恐るその指に降り立った。

「この鳥の名がね、鶸なんだよ。私の好きな鳥」

それはその鋭利な爪が長く伸びた繊指にとまる小鳥をいっているのか、この場にいないあの鳥妖のことをいっているのか。判然としない問いに答えを出すのを早々に放棄して、露草はひょいとその生き物を覗き込む。

「あいつと同じ名前なのか」

「あの子の色とよく似ているだろう」

「確かにな」

淡いわけではない。黄色の強い鮮烈な緑。それとも、緑が黄色に混じったのか。秋も深まってきたこの時期には目に眩しい彩だ。

「初めて見たとき、とてもよく似ていると思ったんだよ。眠りの時が近づく冷たい季節。橙と紅に染まる枝葉と、晒された木肌。残る緑は濃すぎて眠りの深さそのもののようだった。その中でたった一つ、春の色が浮き上がっていてね」

そっとそっと柔らかに、羽毛で嵩があるように見えるだけの、首と呼ぶのが憚られる頸部へ指を絡め撫でる。繊細な羽毛の間に潜り込んでくる蛇妖のそれに鳥は幾度も首を捻る。

「愛らしいさままでよく似ているだろう?」

「あれがかよ」

自慢げに己に向かって小鳥を差し出してくるのは、撫でてみろと言うことだろう。それに無言で拒絶を示し、甚だ同意できないとこの上なく不振そうな顔をする樹妖に、大妖は仄かな笑みを深めて唄う。

「今にお前にもわかるよ、露草。あの子は本当に小さく、弱く、脆い。そのおおきな樹枝で庇い、守ってやらなければ、容易く死んでしまうよ」

「あいつが望まなきゃ、どうしようもねぇぜ」

「それはそれ。お前の手腕に掛かっているから、よろしくお願いするしかないね」

いかにも不本意、厭だと苦虫を噛み潰したように顔面を歪める少年へ、白緑は刻んだ笑みを苦笑にかえた。無理強いせずに引き戻した小鳥を包む指を開き、反対側の手甲へと移動させてやってから、指の背でその黄緑色の華奢な体躯を撫でる。それに鳥は擽ったそうに身動き、幾度も跳ねて立ち位置を変える。

「さて、私の愛しい鶸は何処で遊んでいるんだろう。ねぇ?」

貌の間近まで寄せた手に遊ぶ小鳥へと愉しげに尋ねる蛇妖に、つぶらな目を向け小鳥は声高く啼いた。

 

 

 

 

 

白緑は別に露草よりも鶸を愛しているとかそういうわけではなく、ただ普通に行って千歳を生きた樹妖である露草の方が強くなるだろうから、非力な長男を託してるだけです

鶸と露草では可愛がり方・接し方は些か違いますが、愛情の重さは一緒です